性に関する イスラーム的視点

性に関する イスラーム的視点

 

性に関する 

イスラーム的視点 

 

アブドゥッラフマーン・アッ=シーハ博士著

 

サイード佐藤訳 


本書で用いられている専門用語 

 

[e]サッラッラーフ・アライヒ・ワサッラム:一般に、預言者ムハンマドの名が言及される時に用いられる、彼に対する祈願の言葉です。時に「彼に平安あれ」と訳されますが、これは正確なものではありません。より忠実に訳すとすれば、「アッラーが彼の誉れを称揚され、彼と彼の系譜をあらゆる中傷や汚名からお守り下さい」というところでしょう。

[t]ラディヤッラーフ・アンフ:「アッラーが彼をお悦びになられますよう。」一般に、預言者ムハンマドの教友への祈願の言葉として用いられます。

[u]アライヒッサラーム:「彼に平安あれ。」一般に、預言者や使徒などに対する祈願の言葉として用いられます。

[I]スブハーナフ・ワ・タアーラー:「いかなる不完全性からも無縁で崇高であり、至高であられるお方。」アッラーを讃える言葉の一つです。

 

 

 

 

 

 

 

SSSS

 

 

はじめに 

全ての賞賛は全世界の主であるアッラーにこそあれ。そしてアッラーがその使徒の誉れを称揚され、彼とその系譜と教友たちをあらゆる中傷や汚名からお守り下さいますよう。

イスラームは、人には性的欲望を解消する必要があることを認識しています。そしてそれがイスラームの手法において発散される限り、その行動を賞賛すべきものと見做しています。性的欲望の解消は蔑むべきことでもなければ、おろそかにすべきことでもありません。アッラーはクルアーンの中でこう仰っています:

-女性や子息、量り切れないほどの財宝、血統の優れた飼育馬、家畜、農作地などといった諸々の私欲への愛情は、人間の目に輝かしく映る。しかしそれらは現世の生活における(儚い)享楽に過ぎない。そしてアッラーの御許にこそは、よき還り所(天国)があるのである。,(クルアーン3:14)

また預言者ムハンマド(r)はこう言っています:

「女性と香水は私に愛しいものである。そしてサラー(礼拝)は私の喜びである。」(アン=ナサーイーの伝承) 

イスラームは人間の自然な性質と調和する宗教ですから、このような欲望を完全に抑制することを禁じています。イスラームは自然なニーズを、イスラーム法に沿った適切な方法で満たしてくれます。預言者ムハンマド(r)の教友アブー・フライラ(t)はこう言っています:

アッラーの使徒(r)は、人を天国に入れる最大の原因は何かと問われ、こう答えました:「アッラーへの畏怖の念と、よき作法である。」また彼は、人を地獄へと招く最大の原因について訊ねられ、こう答えました:「それは舌と、陰部である。」(アッ=ティルミズィーの伝承) 

本書では、イスラームにおける性的欲望の解消法と、イスラームがいかにこの単純な欲望を崇拝行為のレベル‐ムスリム(イスラーム教徒)はそれによって、来世的な報奨すら獲得するのです‐にまで昇華させるのか、ということについて議論していきたいと思います。教友アブー・ザッル(t)はこのように伝えています:「ある時、預言者(e)の教友の誰かが、彼にこう言いました:“アッラーの使徒よ、裕福な教友は多大な報奨を獲得します。彼らは私たちが礼拝するように礼拝し、私たちが断食するように断食しますが、その上彼らの財産から施しもするのですから!”それでアッラーの使徒(e)は、こう言いました:

 “アッラーは、あなた方にも出来る施しを与えられたではないか?タスビーハ[1]は一つの施しであり、タクビーラ[2]も一つの施しである。またタフミーダ[3]も一つの施しであり、タフリーラ[4]も一つの施しなのだ。また善を勧めることも一つの施しであり、悪を禁じることも一つの施しである。そしてあなた方が(性交渉を求めて)妻に近づくこともまた、一つの施しなのだ。”そこで教友たち(y)は言いました:“アッラーの使徒よ、妻を求めて近づくことで、報償を得ることが出来るのですか?”アッラーの使徒(r)は言いました:“本人にとって合法ではない女性との交渉は、罪ではないか?それと同様に、(本人にとって合法である)妻と交渉すれば報償が得られるのである。”」(ムスリムの伝承)

結婚はイスラームで推奨されています。そして結婚こそは、人間が性的欲望を解消することの出来る唯一の方法なのです。アッラーの使徒(r)はこう言っています:

私は結婚もする。私の慣行から背く者は、私の仲間ではないのだ。(イルワーウ・アル=ガリールに収録された伝承)

イスラームは結婚を、人生における生得的ニーズとみなします。愛情や慈悲の念、他者優先の精神や貞節さ、尊厳や高貴さといった要素や、人類という種の保存は、生殖という手段によって保障されるのです。ゆえに結婚しないことは、これらの利益や特性の喪失と、人の生得的な性質の抑圧を意味することになります。

またイスラームは夫婦間に平穏と安寧、そして愛情に溢れた生活を築き上げることを一つの狙いとしています。アッラーはクルアーンの中でこう仰っています:

-そして(アッラーが)あなた方のために、あなた方がそこに留まって安らぎを得るための配偶者をあなた方自身から創られたことは、かれのみしるしの一つである。そしてかれはあなた方の間に、愛情と慈悲の念を授けられた。実にそこには熟考する民へのみしるしの数々があるのだ。,(クルアーン30:21)

そして男女は結婚を通して、お互いが非合法な物事に足を踏み入れることを防止します。これこそはイスラームが結婚の目的の一つとしているものです。アッラーはクルアーンの中でこう仰っています:

-彼女らはあなた方の衣であり、あなた方も彼女らの衣である(つまり、あなた方は共に暮らす楽しみを得る),(クルアーン2:187)

この点に関し、ある種の人々はイスラームに反対し、イスラーム法に束縛されない性的関係を支持します。しかしイスラームは、性的欲望を気の赴くままに解消しようとする、獣のような振る舞いをするムスリムに対し、警告を放っています。人が自らにとって許されない関係にある相手と性的交渉を持つことは、いかに大きな罪でしょうか!

   アッラーの使徒(r)はこう言いました:

シルク(アッラーに並べて何か別のものを拝すること)を別にすれば、姦淫ほど大きな罪はない。」(アフマドの伝承) 

イスラームはその信奉者を貞節かつ純粋、そして尊厳に満ちた存在へと成長させます。そしてムスリムのマナーやエチケットを洗練させ、完全なものとすることを意図しているのです。教友アブー・ウマーマ (y)は次のような伝承を伝えています:

「ある若い男がアッラーの使徒(r)のもとを訪れて、こう言いました:“アッラーの使徒よ、私が姦淫するのをお許し下さい!”すると人々が彼の周りを取り囲み、彼を非難しました。アッラーの使徒(r)は言いました:“彼を連れて来なさい。”それで彼はアッラーの使徒(r)のもとに来ると、座りました。アッラーの使徒(r)は彼に言いました:“あなたはそのようなことを自分の母親に望むのか?”彼は言いました:“いいえ、アッラーにかけて!私があなたのために捧げられますよう!”するとアッラーの使徒(r)は言いました:“同様に、他の人々も自分の母親がそのようなことをするのを、忌み嫌っているのだ。”そして今度は、男にこう尋ねました:“それではあなたの娘がそのようなことをするのはどうか?”男は言いました:“アッラーにかけて、とんでもないことです!私があなたのために捧げられますよう!”アッラーの使徒(r)は言いました:“同様に、他の人々も自分の娘がそのようなことをするのを、忌み嫌っているのだ。”そして今度は、男にこう尋ねました:“それではあなたの姉妹がそのようなことをするのはどうか?”男は言いました:“アッラーにかけて、とんでもないことです!私があなたのために捧げられますよう!”アッラーの使徒(r)は言いました:“同様に、他の人々も自分の姉妹がそのようなことをするのを、忌み嫌っているのだ。” そして今度は、男にこう尋ねました:“それではあなたの叔母さんがそのようなことをするのはどうか?”男は言いました:“アッラーにかけて、とんでもないことです!私があなたのために捧げられますよう!”するとアッラーの使徒(r)は言いました:“同様に、他の人々も自分の叔母さんがそのようなことをするのを、忌み嫌っているのだ。”するとアッラーの使徒(r)は、男の胸に手を置いてこう言いました:“アッラーよ、彼をお赦し下さい。彼の心をお清め下さい。そして彼を姦淫からお守り下さい。”それからというもの、その男は何よりも姦淫を毛嫌いすることになりました。」(アフマドの伝承)

またイスラームは修道院生活など、現世的な合法的楽しみを断つような禁欲主義を勧めてはいません。教友アナス・ブン・マーリクは、以下のような話を伝えています:

「三人の男がアッラーの使徒(r)の妻たちのもとにやって来て、彼の崇拝行為の様子について訊ねました。彼らはそれについて聞くと、自分たちの崇拝行為の至らなさを痛感してこう言いました:“預言者は過去と未来の罪を赦されたお方だというのに、(それにも関わらず崇拝行為に非常に献身的であった)彼と比べたら、私たちは一体何をしているというのか?”それで彼らの内のある者はこう言いました:“私は一晩中礼拝するぞ。”またある者はこう言いました:“私は毎日断食しよう。”そして別の者はこう言いました:“私は女性を遠ざけ、一生結婚しまい。”するとこのことを聞きつけた預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がやって来て、こう言いました:“あなたたちがそのようなことを言うのは、一体どうしたことか?アッラーに誓って。私はあなた方よりもアッラーを畏れているが、断食すれば(それを解いて)食べもする。また礼拝(のために夜を明かすこと)もすれば、(そうせずに)眠りもするし、結婚もする。私の慣行から背く者は、私の仲間ではないのだ。”」(アル=ブハーリーの伝承)

その一方でイスラームは、性的欲望を獣のように放縦な形で満たすことを許しているわけではありません。現代イスラーム思想家のムハンマド・クトゥブはこう語っています:

「イスラームにおいて性のテーマは禁忌事項ではない。イスラームは(性的欲望を含む)人間の生得的欲望を満足させることの出来る、ある種の規律を定めているのであり、それ自体を禁止しているわけではないのだ。イスラームが定めているこの規律は、ちょうど川の上に架けられた橋のようなものである。つまり、それは川の流れを阻むことなく、上流と下流の行き来を組織立ったものにする。そしてこれによって、橋が架けられる前には不可能だった別の目的が達成されることにもなる。これこそは人間の性的衝動に関し、イスラームが狙いとしているものなのだ。性的欲望はアッラーがそこに境界と制限を敷かれたことであるゆえ、イスラームはそれを妨げたり、抑圧したりすることなく、組織立ち規則立ったものにするためのある種の規律を定めたのである。それは人がそのエネルギーを発散し、それが個人と社会のいずれにとっても好ましい結果となるような、アッラーの定められた安全上の境界線なのだ。無知な社会の基準においては、全ての人間の生得的欲望の規律と組織化の重要性が認識されている。但し、性欲はその限りではないのだ!実にそれだけが、彼らがその規律から解き放たれている人間の唯一自然な欲望なのだ!そのような社会においては、人が好きな物を好きな場所から勝手に入手して自らの所有物とすることは認めず、それを盗みとして法的刑罰の対象としているのに!また同様に、住居や衣服などに関する規律も存在し、それらは人の欲望の赴くままにはされてはいないというのに![5]  

 

 

 

 

Abdul Rahmaan b. Abdul-Kareem ash-Sheha

(アブドゥッラフマーン・ブン・アブドゥルカリーム

・アッ=シーハ博士)

Riyadh, 11535

P.O. Box 59565

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性に関するイスラーム的視点 

イスラームは、人間がその性的欲望をイスラーム法に沿った形で(つまり結婚を通して)満足させるべきであり、それ以外の手段をもってそれを満足させてはならない、という見地に立っています。アッラーはその法を遵守する者に関して、このように仰っています: 

-実に信仰者こそは成功するのだ。(彼らは)サラー(礼拝)において畏怖の念と共にある者。そして無意味な物事から身を背け、ザカー(喜捨)を施す者。またその貞操を守る者。但し自分の配偶者とその右手が所有するもの(奴隷女性[6]のこと)は別であり、(その者たちと交わることに)お咎めはない。,(クルアーン23:1-6)

至高なるアッラーは、ムスリムが結婚することを奨励しています。そして結婚は、全ての預言者と使徒(アッラーが彼らをいかなる不名誉からもお守り下さいますよう)の慣習でもあったのです。アッラー(I)はこう仰っています:

-そしてわれら(アッラーのこと)はあなた以前にも使徒を遣わし、そして彼らに配偶者と子孫を授けたのだ。,(クルアーン13:38)

アッラーの使徒(r)もまたムスリムが結婚し、子孫を残すことを奨励しました。教友マァキル・ブン・ヤサール(y)はこう伝えています:

「ある男がアッラーの使徒(r)のもとにやって来て、こう言いました:“アッラーの使徒よ、私は高貴な血筋で、地位も高く、裕福ではありますが、子供の出来ない女性と結婚しようと思うのです。私は彼女と結婚すべきでしょうか?”するとアッラーの使徒(r)はこう言いました:  

 “愛らしく、子供を沢山宿す女性と結婚しなさい。私は(審判の日、)全ての共同体を前に、わが共同体を(その数の多さで)誇るのであるから。”」(アブー・ダーウードの伝承)

またイスラームは、早期の結婚を所望するムスリムを援助することを命じています。教友アブー・フライラ(y)は、アッラーの使徒(r)が次のように述べたと伝えています:

「もし(敬虔さと作法を備えた)男性が(結婚を求めて)やって来たら、結婚させてやるがよい。もしそうしなければ、試練と悪が蔓延するであろう。」(アル=ハーキムの伝承) 

またイスラームは、後見人が結婚に関する諸事を煩瑣にしないように勧めています。アッラーの使徒(r)はこう言いました:  

「祝福多き女性の印は、結婚の契約とその際のマハル(贈与財)が軽いこと、そしてお産が楽であることである。」(アル=ハーキムの伝承) 

またイスラームは、ムスリムが貧困を恐れることなく結婚することを命じています。アッラー(I)はこう仰いました:

-そしてあなた方の内の独身者と、あなた方の奴隷男女の内で、廉潔かつ適切な者を結婚させよ。例え彼らが貧しかったとしても、アッラーがその恩恵でもって彼らを豊かにして下さるであろう。アッラーはその恩恵が無尽であり、全てご存知のお方である。,(クルアーン24:32) 

また預言者(e)はこう言っています:  

「アッラーはこの3人の者を、きっとお助け下さるであろう:アッラーの道において奮闘する者、自らを守り、貞節を保つために結婚する者、そして奴隷を買って解放してやる者。」(アル=ハーキムの伝承)

また一方でイスラームは、経済的理由から結婚出来ない者には貞節を保つよう命じています。

アッラー(I)はこう仰っています:

-結婚(するだけの余財)のない者には、アッラーがその恩恵でもって彼らを豊かにして下さるまで、貞淑であらせよ。,(クルアーン24:33)

元来イスラームにおいて若者は、出来るだけ早い内に結婚することを命じられています。アッラーの使徒(r)は結婚する資力のない者に対し、その性的欲望を抑制する手段についてこう教授しました:

「若者たちよ。あなた方の内で(経済的にも肉体的にも)結婚出来る者は、そうするのだ。結婚は最も(欲望の)視線を低め、貞操を守ってくれるものである。そしてそうすることが出来ない者は、サウム(斎戒、いわゆる断食)せよ。実にそれは彼にとっての防御策であるから。”(アル=ブハーリーの伝承)

また、クルアーンにおけるユースフ(ヨセフu)の説話の中にも、若いムスリムがいかに自らの性的欲望に立ち向かい、それを抑えるかを示す好例が提示されています。アッラー(I)はこう仰っています:

-そして彼が住んでいた家の夫人が彼を誘惑し、扉を閉めて言った:「さあ、いらっしゃい。」(ユースフは)言った:「私にアッラーのご加護を。旦那様は私のご主人様であり、私によい暮らしをさせて下さいます。実に、罪深い者は成功いたしません。」彼女は彼を求めた。そして彼もまたその主の明証を目にしなければ、彼女を求めたであろう。このようにしてわれら(アッラーのこと)は、彼を悪行と醜行から遠ざけた。彼こそは、われらの真摯なしもべの内の一人である。 ,(クルアーン12:23-24)  

例え牢獄に入れられようと、害悪を被ろうと、非合法な関係を結ぶことは許されないのです。アッラー(I)はこう仰いました:

-彼女(ユースフを誘惑した女主人)は言った:「彼(ユースフ)こそが、あなた方がそのことで私を咎めた者です。私は彼を誘惑したのに、彼は拒みました。でも(今)彼が私の命じることに応じなければ、彼は牢獄に放り込まれ、屈辱の憂き目を見ることになるでしょう。」(ユースフは)言った:「主よ、私は彼女たちが命じることよりも、牢獄の方を望みます。しかしもしあなたが私を彼女たちの姦計から守って下さらなければ、私の心は揺れて傾き、私は無知の徒と化してしまうでしょう。」 ,(クルアーン12:32-33)

イスラームは、合法な手段以外のもので性的欲望を解消することを禁じています。しかしもし本当に姦淫を犯してしまいそうな時にだけ、人は自慰行為によってその性的欲望を解消することが許されるでしょう。というのもそうすることは、姦淫の悪より遥かにましであるからです。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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イスラームにおける性的欲望の調節法 

イスラームはそれが配偶者間である場合を除き、性的欲望を煽るようなあらゆる物事を禁じています。これはそうすることによって、人が非合法な物事に陥ってしまわないようにするためです。イスラームがいかにして人を性的刺激から防止するのか、その段階的な実践法を以下に挙げていってみましょう: 

1.子供の寝室を分けること。アッラーの使徒(r)はこう言いました:

「子供が7歳になったら、サラー(礼拝)するようにせよ。そして10歳になってもそうしなければ、叩いてもよい。また、彼らの寝室を分けるのだ。(アブー・ダーウードの伝承)  

これは就寝中に、彼らを性的に刺激するような物事が起こるのを未然に防ぐためです。

またイスラームは成人ムスリム女性がヒジャーブ(頭髪を完全に覆うベールのこと)をまとい、マハラム[7]以外の男性と付き合わないように命じています。これは女性が貞操を堅持し、他の男性の性的欲望を刺激しないようにするためです。アッラー(I)はこう仰いました:

-預言者よ、あなたの妻たちと娘たち、女性の信仰者たちに、全身に外衣を羽織るように言うのだ。そうすれば彼女らは(奴隷ではなく自由民であると)認識されやすく、それで害を被ることもなくなるであろう。アッラーはお赦し深く、慈悲深いお方である。,(クルアーン33:59)

尚結婚欲望もなく、異性の性的欲望も刺激する恐れのないような年配の女性は、その外衣を脱いでも問題ありません。アッラー(I)はこう仰いました:

-そして更年期に入り、結婚も望まないような高齢の女性は、装身具を露わにして着飾ることがなければ、(女性にとって禁じられた体の部位が露わにならない範囲で)外衣を着用せずとも罪はない。しかし(そのようにせず)慎ましくある方が、彼女たちにとってよいことである。アッラーは全知全聴のお方。,(クルアーン24:60)

2.視線を低めること。ムスリム男女は視線を下げ、非合法な物事に視線を送らないよう命じられています。それは、たまたまそのようなものが目に入ってしまった後に、欲情を抱いてそれを凝視したりすることのないようにするためです。そのようなことをする者はその後妄想に耽り、非合法な物事に走ってしまうかもしれません。アッラー(I)はこう仰いました:

-男性の信仰者たちに、(それが禁じられた関係にある他人の女性から)彼らの視線を慎み、貞操を守るように言うのだ。それが彼らにとってより潔白なこと。アッラーは実に、彼らの行うことを全て網羅されておられる。そして女性の信仰者たちにも、視線を慎んで貞操を守り、(やむを得ず)現れる飾りの他は露わにしないよう言うのだ。そして彼女らに、頭巾を胸の辺りまで垂らすようにさせよ。そしてその夫と父親、夫の父親、息子と夫の息子、兄弟と兄弟の息子、姉妹の息子と女性たち、その右手が所有するもの(奴隷のこと)、そして女性に対する欲求のない男性の従者、あるいはまだ女性のことに興味を示さない子供以外には、彼女らの美を曝け出してはならない。また衣服の下の装飾品(の音)を(高らかに鳴らして)人に聞かせるために、足を打つようにして(歩いて)はならない。信仰者たちよ、皆アッラーに悔悟するのだ。きっとあなた方は成功するであろう。,(クルアーン24:30-31)

イスラーム中世の大学者イブン・カイイム(彼にアッラーのご慈悲あれ)は、こう言っています[8]

「姦淫は人の見るものから発生するものである。それゆえに、貞操を守る意味から視線を低めるよう人は命じられているのである。火が火花から生じるように、全ての物事は視線から始まるのだ。自らにとって非合法なものを見ることは想像へと発展し、ついにはそれは行動という罪へと至るであろう。こう言われているのは、この所以なのである: 

 4つのものを守った者は、その宗教を守るであろう:つまり視線、思考、言葉、そして行動である。”」

ムスリムはたまたま目に入ってしまったものに関し、お咎めを受けることはありません。禁じられているのは、それを意図的に再び見ることなのです。

アッラーの使徒(r)は教友アリー(t)に、ある時こう言いました:

「アリーよ、じろじろ眺めてはならない。最初の一瞥に咎めはないが、2度目のそれに咎めがあるのだぞ。」 

アッラーの使徒(r)はムスリムが視線を低めることを奨励するべく、アッラーを畏れ、かつかれのご満悦を望みつつ視線を低めるムスリムが受ける報奨について、次のように語りました:

「視線の一瞥はイブリース(悪魔)の毒矢のようなものである。それをアッラーへの畏怖の念とかれのご満悦への所望ゆえに避ける者は、報奨を獲得しよう。つまりその報奨とは、信仰心(の増加)と心の喜びである。」(アル=ハーキムの伝承)

3.自身にとって非合法な物事を目にしないために、他人の私的空間に入る前に許可を乞うこと。アッラー(I)はこう仰っています:

-信仰する者たちよ。あなた方の右手が所有する者たち(奴隷のこと)、そして成熟していない者たちには(昼夜通して)3度(の時間帯に)許可を請わせるのだ:(それはつまり)ファジュル(夜明け前の礼拝)の前と、あなた方が脱衣しているかもしれない正午(の休息時間)、そしてイシャー(夜の礼拝)の後である。(これらは)あなた方にとっての(肌が露わになる)3つの私的な時間(である)。これらの時間帯の他は、あなた方も彼らも(許可を請うことなく)自由に互いに行き来しても罪はない。彼らはあなた方のもとを頻繁に廻る者たちであり、あなた方は互いに行き交う。このようにアッラーは、あなた方にみしるしを明らかにされる。アッラーは全てをご存知で、英知に溢れたお方である。,(クルアーン24:58)

またアッラー(I)はこうも仰っています:

-そしてあなた方の子供が成人したら、あなた方以前の者たちがそうしていたように、(入室の)許可を請わせるのだ。このようにアッラーは、あなた方にそのみしるしを明らかにされる。アッラーは全てご存知であり、この上ない英知に溢れたお方である。,(クルアーン24:59)

4.イスラームは、異性の模倣を禁じています。教友イブン・アッバース(y) はこう言っています:

アッラーの使徒(r)は、女性の模倣をする男性と、男性の模倣をする女性を呪われたものです。」(アル=ブハーリーの伝承)

5.イスラームは、性的欲望を煽るようなものを見ることを禁じています。教友アブドゥッラフマーン・アブー・サイード・アル=フドゥリー(t)は、アッラーの使徒(r)がこのように言ったと伝えています:

「男性であれ女性であれ、(異性は言うまでもなく)同性の陰部も見てはいけない。また男性であれ女性であれ、裸で一枚の布に包まってはならない。」(ムスリムの伝承)

6.音楽など、性的欲望を煽るようなものに耳を傾けないこと。音楽は往々にして、悪や性的欲望へと誘惑します。ある種の学者が次のように言うのは、至極の真理でしょう:“音楽は姦淫へといざなう。”[9]

7.アッラーの使徒(r)はまだ髭の生えない若者‐それが魅力的な者である場合は特に‐と二人きりになり、そのような者を凝視することを禁じました。教友アブー・フライラは、アッラーの使徒(r)がこう言ったと伝えています:

「アーダムの子(人類)は、彼に割り当てられた姦淫の分け前を手にするだろう。その目は非合法な物事を目にすることで姦淫を犯し、また耳は非合法な物事を聞くことで姦淫を犯す。舌は見知らぬ女性に話しかけることで姦淫を犯し、手は非合法な物に触れることで姦淫を犯す。そして足は非合法な物事へと歩み寄ることで姦淫を犯し、心は望み、求める。ゆえに人は実際に姦淫を犯すか、あるいはそれをしそうになるかのどちらかなのである。」(ムスリムの伝承)

8.アッラーの使徒(r)は(互いに結婚出来る関係にある)異性同士が二人きりになることを禁じました。これはそうすることでシャイターン(悪魔)の餌食となり、姦淫を犯したりしてしまわないための予防策です。アッラーの使徒(r)は言いました:

(自分が結婚出来る関係にある)女性と二人きりになってはいけない。そうすれば、シャイターンがそこにいる第三人となろう。」(イブン・ヒッバーンの伝承)

男女混合は禁じられた関係の発生へとつながる恐れがあることから、イスラームにおいて禁じられています。イスラームでは非合法な物事につながる全ての物事もまた、非合法と見なされるのです。

ムハンマド・クトゥブはその著「物質主義とイスラームの狭間の人間」において、こう述べています:

「青少年の男女共学は、西欧から発祥した大きな神話である。西欧が世俗主義へと傾き、その理念を失い、その性的圧力を処理しようとした時、社会学者や心理学者たちは前舞台を準備して男女共学の益を説いた。そしてその悪影響が顕著なものとなった後、西欧はその価値と利益を否定した。精神医学者や心理学者、神経学者らは男女共学に関しての意見を撤回し、ゆっくりとしたダンスや子供染みたパーティー、男女混合のお茶会やピクニックなどは、例え両親の監督下にあっても欲望を煽るきっかけになる、などと発言し始めた。これらの欲望は社会的状況や羞恥心などによって抑圧されると、これらの状況下で抱いていたはずの穏やかさの後、精神的・神経的不安を生じさせる。この状況において、若者は以下のいずれかの手段に講じることになる。つまりそのようなことを障害なく出来る場所へと赴くか、あるいはある種の不調の原因となる不安な状態の中に留まるか、のどちらかなのだ。一体これはいかなる無垢さと教育であろうか?」

9.イスラームは、妻がその夫に、他の女性の容姿について描写することを禁じています。これはそうすることで、夫が妻のことを厭わしく感じるようになってしまわないためです。彼女がその女性に関して話すことは、もしかすると彼女の夫にとって魅力的なことで、かつそれを自分の妻に見出さない類のものかもしれません。そしてシャイターンは、自分の妻が話して聞かせるその女性を目指すように仕向けることさえあり得ます。教友アブドッラー・ブン・マスウード(t) は、アッラーの使徒(r)がこう言ったと伝えています:

「女性は、他の女性と共にいた後、彼女のことを自分の夫に描写してはならない。そうすれば、あたかも彼は彼女を見つめているかのようになるであろうから。」(アブー・ダーウードの伝承)   

10.女性は香水をつけたり、化粧したり着飾ったりして外出することを禁じられます。そうすれば人々の視線を集め、彼らを非合法な物事へと駆り立てる原因となるでしょう。アッラーはこう仰いました:

-そしてあなた方の家に静粛に留まり、(イスラーム以前の)無明時代のように派手な出で立ちをするのではない。,(クルアーン33:33)

また女性はなよなよとした柔らかい調子で話すことも禁じられています。そのような態度を避けることで、性的誘惑に抵抗力のない男性から身を防ぐことが出来るでしょう。そもそも女性は必要に迫られた時以外、マハラム[10]以外の男性と話すべきではありません。そしてそうしなければならない時でさえも、愛らしく魅力的な調子で話したりするべきではないのです。[11]

アッラーはこう仰ります:

-そして(誤解や疑念、誘惑などの原因となるような)曖昧でなよなよとした物言いをしてはならない。そうすれば心に病のある者が、揺らいでしまうかもしれない。あなた方は正しく慎ましい物言いをするのだ。,(クルアーン33:32)

またアッラーはこうも仰っています:

-そしてあなた方が彼女らに物を拝借したい時には、覆いの向こうから声をかけるのだ。それこそがあなた方と彼女らの心にとって、(疑念を招くような物事から)より清浄なのである。,(クルアーン33:53)

イスラームは肌や女性のアクセサリーの露出などを禁じます。アッラーはこう仰いました:

-アーダムの子ら(人類)よ、われら(アッラーのこと)はあなた方に、あなた方が(シャイターンの策略によって人類の祖アーダムとハウワーが露わにされたところの)恥部を覆うための衣服と着飾るための衣服を授けた。そして敬神の念という衣こそは最上のもの。これ(アッラーが人類に衣服を与えられたこと)こそは、彼らがそれによって教示を受けるであろうアッラーのみしるしの一つなのである。,(クルアーン7:26)

また教友アブー・フライラ(y) は、アッラーの使徒(r)が次のように言ったと伝えています:

「私が未だ目にしていない、地獄の業火に属する2種類の民がいる。それは牛の尻尾のような形の鞭で人を叩く者たち、そして裸体に近い姿で誘惑的に歩く、アッラーに従順ではない女性たちである。彼女らの頭は、あたかもバクトリアのラクダの瘤のようである。彼らは天国に入らないどころか、遥か遠くにまでも漂うその香りさえ嗅ぐことがないであろう。」(ムスリムの伝承)

またイスラームは、成人女性が彼女の外面的美しさを露出してもよい対象を、明確にしています。アッラーはこう仰っています:

-そして女性の信仰者たちにも、視線を慎んで貞操を守り、(やむを得ず)現れる飾りの他は露わにしないよう言うのだ。そして彼女らに、頭巾を胸の辺りまで垂らすようにさせよ。そしてその夫と父親、夫の父親、息子と夫の息子、兄弟と兄弟の息子、姉妹の息子と女性たち、その右手が所有するもの(奴隷のこと)、そして女性に対する欲求のない男性の従者、あるいはまだ女性のことに興味を示さない子供以外には、彼女らの美を曝け出してはならない。また衣服の下の装飾品(の音)を(高らかに鳴らして)人に聞かせるために、足を打つようにして(歩いて)はならない。信仰者たちよ、皆アッラーに悔悟するのだ。きっとあなた方は成功するであろう。,(クルアーン24: 31)

11.女性は自分の夫や父親、兄弟、結婚出来る関係にはない親類男性などといったマハラムなしで旅行することを禁じられます。アッラーの使徒(r)はこう言いました: 

“男性は、自分がそのマハラムでもない女性と二人きりになってはならない。また女性は、マハラムなしで旅行してはならない。”するとある者が、アッラーの使徒(r)に尋ねました:“預言者よ、私がこれこれの戦役に参加しようとしたら、妻が一人でハッジ(大巡礼)に出かけてしまいました!”それで預言者(r)は言いました:“行くのだ。そしてあなたの妻と共にハッジをするがよい。”」(アル=ブハーリーの伝承)   

この規定の裏に潜む英知は、女性の貞淑さの保護です。旅行には通常困難が付きまとい、多くの物事が要求されます。そして女性は月経や妊娠、授乳などの影響を被ることからも、この観点において決して強くはない存在であるということが出来ます。また女性は周囲の状況に感情的に影響され易く、男性よりも詐欺などに遭いやすいかもしれません。こういった理由から女性はその旅路において、彼女に危害を加えたり、彼女の財産を盗もうとしたりする輩から守ってくれる者を必要としているのです。 また女性にはそのニーズを提供し、彼女の完全な快適さを保障してくれる誰かが必要です。そしてマハラムこそはこれら全ての物事を遂行し、女性がマハラム以外の男性の援助を必要としない状態にするのです。

12.預言者ムハンマド(r)は性的欲望を刺激するような女性を目にした男性は、自分の妻の所へと赴くことを命じました。それはその欲望を、合法な形で解消するためなのです。そしてそうすることによってその者は悪事に陥ることから身を守り、シャイターンの囁きに対する予防策をとるのです。アッラーの使徒(r)はこう言っています: 

「女性はシャイターンのような形でやって来て、シャイターンのような形で去って行く。[12](ムスリムの伝承)

13.イスラームは配偶者がそう望む場合、相手の性欲を満足させてやることを命じています。また夫が性欲を満たしたい時に、妻がその要求を拒むことは禁止されています。というのもそうすることで彼は悪事に足を踏み込んでしまうかもしれないからです。もしかすると彼は性欲を解消するために他の手段を探すかもしれませんし、あるいは精神的な抑圧感を募らせるかもしれません。そしてそのいずれの場合も、健康に有害なのです。アッラーの使徒(r)はこう言っています:

「夫が妻を寝床に誘っても彼女がそれに応じず、彼が怒りの中にあるままその晩を過ごすとしたら、天使たちはその夜が明けるまで彼女を呪い続けるであろう。(アル=ブハーリーとムスリムの伝承) 

一方で夫の方も、妻が悪事から守られるためにその性欲を満たしてやらなければなりません。西暦11世紀のイスラーム学者イブン・ハズム(彼にアッラーのご慈悲あれ)はこう言いました:

「妻の月経が終了したならば、夫は可能な限り彼女と性交渉を持つべきである。もしそうしないのであれば、彼は罪人なのだ。その根拠は、アッラー(I)の御言葉に見出すことが出来る:

-そして(彼女らが)清浄な状態になったら、アッラーがお許しになられた所から彼女らと交わるのだ。,(クルアーン2:222)

この件の重大さゆえ、夫に性欲を満たしてもらえない妻はその当然の権利を得るため、望むならばイスラーム法廷に告訴することが出来ます。このことは、あらゆる悪から社会の安全性を維持することにつながるのです。

社会に悪がはびこることを喜ぶ者は、アッラーによって非常に厳しい懲罰を警告されています。アッラー(I)はこう仰いました:

-信仰者たちの間に醜聞が広まることを欲する者たちには、現世と来世において痛ましい懲罰があろう。アッラーこそが(全てを)ご存知であり、あなた方は知らないのだ。,(クルアーン24:19)

これが社会における非合法な関係が顕著になることを望む者に対する懲罰であるならば、一体そのような関係に没頭し、そのような現象の拡大化を取り計らう者の懲罰はいかなるものでしょうか?

 

イスラームにおける結婚

現代のイスラーム学者サイイド・サービク(彼にアッラーのご慈悲あれ)は、その著「スンナの理解」の中でこう述べています[13]

「イスラームは結婚以外における性的欲望の解消を、合法化していない。至高のアッラーは人間が理解もなくその性的欲望を解消したり、あるいは規律のない混沌とした異性関係を持ったりすることで、他の生物と同様のレベルに陥ることを欲してはおられないのである。

イスラームは人間の名誉と尊厳を守るあるシステムを提供している。男女間の関係は当事者同士の同意がない限り発生せず、男女が配偶者同士となるには結婚の宣誓と証言が必要なのである。このようにして、男女関係のための適切かつ安全な方法が確立される。また子孫は路頭に迷うことなく保護され、女性もまたあらゆる悪事から免れる。イスラームは母性的配慮によって養育され、父性的愛情によって保護される、家族の中心核を維持するのだ。こうして子供は望ましい環境のもと成長する。これこそがイスラームの擁するシステムであり、それ以外のあらゆるものに取って代わるものなのだ。」

それでは次に、女性がイスラームにおいていかなる手順を踏みつつ結婚に至るのかを簡単に取り上げて見ましょう。

 

 

 

 

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第一のステップ:妻の選択

イスラームには、妻の選択においてある手法が取られます。イスラームにおける結婚の目的は性的欲望の解消だけではなく、むしろ結婚は家族の形成への第一歩なのです。この理由から、ムスリム男性は家族関係が維持出来るような女性を妻として選ばなければなりません。そしてこの目的は、敬虔な女性との結婚以外には達成不可能なのです。つまりアッラーを畏れ、その義務を遂行し、かつ夫のために美しく装うことなどの他の側面もおろそかにはしないような女性のことです。アッラー(I)はこう仰っています:

-そしてあなた方の内の独身者と、あなた方の奴隷男女の内で正しく廉潔な者を結婚させよ。例え彼らが貧しかったとしても、アッラーがその恩恵でもって彼らを豊かにして下さるであろう。アッラーはその恩恵が無尽であり、全でご存知のお方である。,(クルアーン24:32)

アッラーの使徒(r)は、人を結婚へと駆り立てる4つの要素を明確にしています。そしてその上で、最も重要な要素は敬虔さと信心深さである、と明言化しているのです。彼(r)はこう言っています:  

「女性は4(の要素)によって(求婚され)娶られる:(それらとはつまり)その財産、家柄、美しさ、宗教である。ゆえに宗教的な女性を探すのだ[14]。決してそれを逃すのではない。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承 )

またイスラームは男性が、次のようにアッラーの使徒(r)が描写したような夫となることを要求しています。

「最も完成された信仰者とは、最も人格の優れた者である。そしてあなた方の内で最善の者とは、あなた方の妻に対して最善の者である。(アッ=ティルミズィーの伝承) 

また同時にイスラームは女性が、次のようにアッラーの使徒(r)が描写したような妻となることを要求しています。彼は「どんな女性が最善の女性ですか?」と尋ねられて、こう言いました:

「最善の女性とはあなたが彼女を見ればあなたを喜ばせ、またあなたが(何か)命じればそれに従い[15]、そしてあなたが留守にすれば彼女自身とあなたの財産を守ってくれるような女性である。(アン=ナサーイーの伝承)

またイスラームは家庭が社会において、有益な要素となることを要求しています。アッラーの使徒(r)は言いました:

「夜のサラー(礼拝)に立ち、そのために妻を起こす男性にアッラーのご慈悲を。そしてもし妻がそれを拒むのであれば、水をその顔に降りかけてやるがよい。夜のサラーに立ち、そのために夫を起こす女性にアッラーのご慈悲を。そしてもし彼がそれを拒むのであれば、水をその顔に降りかけてやるがよい。」(イブン・フザイマの伝承) 

 

 

 

 

 

 

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第二のステップ:女性の目視[16]

イスラームは婚姻関係の継続を模索します。ゆえに人はこの関係において積極的に努力することが出来るよう、よい性格とマナーを備えた魅力的な配偶者を探さなければなりません。それでイスラームは、結婚を考えようとしている相手と会うことを許可しています。

 

ある時、一人の男がアッラーの使徒(r)の所にやって来て、彼がある女性と婚約した旨を告げました。すると彼(r)は言いました:「彼女のことは見たか?」男は言いました:「いいえ。」それでアッラーの使徒(r)は彼にこう言いました:

「行って、彼女を見るがよい。アンサールの女性の目には、何かあったりするらしいから。[17](ムスリムの伝承)

またアッラーの使徒(r)は、この件に関して女性を見ることの英知を述べています。教友アナス(t)は、アル=ムギーラ・ブン・シュゥバ(t)が婚約した際、アッラーの使徒(r)が次のように行ったと伝えています:

「行って、彼女を見るのだ。そうすればあなた方同士を近づけることになろう。」(イブン・マージャの伝承) 

イスラーム社会は諸々の社会的問題を予防し、防止する社会です。そこでは夫婦間の愛情と思いやりが自然な感覚とされます。イスラームはこの愛情が純粋かつ無垢、合法なものである限りにおいて、承認するのです。ある時、ある者がアッラーの使徒(r)にこう尋ねました:

「アッラーの使徒よ!私は孤児の少女の面倒を見ているのですが、彼女に求婚する者が二人いるのです。一人は裕福ですがもう一人は貧しく、私たちは前者を好むのですが、彼女自身は貧しい方を好みます。一体どちらと結婚させるべきでしょうか?」アッラーの使徒(r)は言いました:「お互いに愛し合う者たちにとって、結婚ほどよいものはない。」(アル=ハーキムの伝承)

またイスラームは、敬虔な男女の縁結びを仲介することを奨励しています。

教友アッバース(y)は、バリーラ(彼女にアッラーのご満悦あれ)という女性の夫である奴隷身分のムギースが、あごひげから涙を滴らせながら彼女の後ろを歩いているのを見ました。アッラーの使徒(r)はアッバースにこう言いました:

「アッバースよ、ムギースのバリーラに対する愛情には驚くべきものがあるな。彼女は彼を好いていないというのに!」

それからアッラーの使徒(r)はバリーラにこう言いました:「どうして彼の所に戻らないのか?」彼女は言いました:「あなたは私にそうするよう、ご命令されているのですか?」彼(r)は言いました:「私は彼のために仲介に入ったに過ぎない。」すると彼女は言いました:「私は彼が必要ではないのです。」(アル=ブハーリーの伝承)

またイスラームは、男性が自分の後見下にある女性の合意の下、彼女を適切で敬虔な男性に結婚させることを奨励します。後見人は自分の後見下にある者にとって、最善のものを選択してやらなければなりません。アッラー(I)はこう仰います:

-それから(ムーサーは)マドゥヤンの水場にやって来たが、そこで(家畜に)水をやっている人の集団を目にした。そしてそこから離れた所に、(水場に近づけずに家畜を押し留めている)二人の女がいた。(ムーサーは彼女らに)言った:「おふた方、どうなされました?」二人は言った:「羊飼いたちが(彼らの家畜を水飲み場から)立ち去らせるまで、私たちは(自分たちの家畜に)水をやることが出来ません。私たちの父はとても年老いています。」それでムーサーは彼女たちのために水を汲んでやり、それから(木)陰に赴いた。彼は言った:「主よ、私はあなたが私に下されたよきものに飢えています。」するとやがて件の二人の内の一人がはにかみながらやって来て、こう言った:「父があなたのことをご招待しております。私たち(の家畜)に水をやって下さったお礼をしたいそうです。」それで彼(ムーサー)は彼のもとを訪れ、彼の身の上話をした。すると彼(父親)は言った:「恐れなくても結構です。あなたはもう不正の民のもとから逃れたのですから。」そして二人の女の内の一人が言った:「お父さん、彼をお雇いなさい。実にあなたが雇うのに最善なのは、強くて信頼のおける人です。」彼(父親)は言った:「もしあなたが8年間私のために働いてくれたら、私はこの二人の娘の内の一人をあなたに嫁がせたく思います。もし丸10年働いて下さるのなら、それに越したことはありませんが。私はあなたに無理を申し付けたくはございませんし、あなたは‐アッラーがお望みになられるのなら‐きっと私が廉潔な者であることがお分かりになるでしょう。」彼(ムーサー)は言った:「私とあなたの間でそのように取り決めましょう。いずれの期限を満たすにしろ、私を責めないで下さい。アッラーこそは私たちの言ったことの証人です。」,(クルアーン28:23-28)   

またサーリム・ブン・アブドッラーは、その父アブドッラー・ブン・ウマルが伝える、その父ウマル・ブン・アル=ハッターブ(y)の言葉を次のように伝えています:

「私の娘ハフサがその夫フナイス・アッ=サハミー[18]を亡くした時、私はウスマーン・ブン・アッファーンに会って、こう言った:“もしお望みなら、私は娘のハフサをあなたに嫁がせようと思うのだが。”」彼はこう答えた:「考えさせて欲しい。」それで私は待ち、数日後彼はこう返答した:「今の所、私は結婚する気はない。」それから私はアブー・バクル(t)に会い、こう言った:「もしお望みなら、私は娘のハフサをあなたに嫁がせようと思うのだが。」彼は暫く沈黙し、結局いかなる返答はしてくれなかった。私はウスマーン(t)の時よりも彼に腹を立てた。しかしその後アッラーの使徒(r)がハフサに求婚してきたので、私は彼に嫁がせた。その後アブー・バクル(t)は私に会った時、こう言った:「あなたはハフサを私に嫁がせようとした時に、私が返答しなかったことに対し、私に腹を立てたであろう?」私は言った:「ああ。」アブー・バクル(t)は言った:「私があなたの申し出を受け入れなかったのは、アッラーの使徒(r)がハフサのことについて話しているのを聞いたからなのだ。そして私は彼の秘密を露わにしたくはなかった。しかしもし彼が彼女と結婚しなかったら、私が間違いなく彼女と結婚していたであろう。」(アル=ブハーリーの伝承)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第三のステップ:結婚の契約とマハル(贈与財)、

そして婚宴

結婚における根幹と条件

1. 両者共にその結婚に合意を示すこと。アッラーの使徒(r)は言いました:

“(未亡人や離婚女性などの)既婚女性は、明確にその意志を確認する前に結婚させてはならない。また初婚女性はその同意を得る前に、結婚させてはならない。”(教友たちは)言いました:“アッラーの使徒よ、(初婚女性の)同意とはいかに?”(預言者は)言いました:“(初婚女性の同意とは、羞恥心ゆえの)沈黙である。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承( 

もし女性が誰かとの結婚を強制された場合、彼女にはその結婚を解消する権利があります。女性の教友の一人、ハンサー・アル=アンサーリーヤは父親によって好まない相手との結婚を強制されましたが、それをアッラーの使徒(r)に訴えたところ、その結婚は解消されました。(アル=ブハーリーの伝承)

これらの予防策は、好まない相手と結ばれた配偶者同士が、互いに騙し合ったりすることによって家庭が崩壊したり、社会に悪がはびこったりしないようにするための予防策です。  

2. 結婚の有効性の条件として、女性側の後見人の存在があります。アッラーの使徒(r)は言いました:

「後見人と2人の信頼のおける証人がなければ、その結婚は有効ではない。もしそれらなしに結婚が強行されれば、それは虚偽の結婚である。そしてもし互いに争うのであれば、その時はイスラーム法統治者が後見人のいない女性の後見人となる。」(イブン・ヒッバーンの伝承) 

これは近親関係が断絶しないようにするための予防策です。通常の場合、後見人はより知識を備え、またその監督下にある者に対して有益なものを所望するものです。彼は彼女を幸せにしてくれるような、適切な相手を選ぶことでしょう。  

もし女性に男性の後見人がいなかったり、あるいは彼女が彼女にふさわしい相手と結婚することを家族が妨害したりする場合、イスラーム法統治者やその代理人が彼女の後見人となります。アッラーの使徒(r)は言いました:「後見人のない女性には、イスラーム法統治者がその後見人となる。」

教友イブン・アッバース(t)は以下のクルアーンの節を、こう解釈しています:

-信仰者たちよ、妻を相続することはあなた方にとって非合法である。そしてあなた方が(マハルとして)妻に贈った物の一部を取り戻そうとして、彼女らに嫌がらせをしてはならない。但し彼女らが明らかな不貞を働いた場合は別である。そして妻と懇ろに付き合うのだ。例えあなた方が彼女たちを嫌っても、アッラーはあなた方の嫌うものに沢山の良きものを授けて下さるかもしれないのだから。,(クルアーン4:19)

イスラーム以前のアラブの無明時代には、男性が妻を後に残して亡くなると、その後見人がその妻を相続する権利がありました。後見人の資格を有する者の内の望む者が彼女を娶ったり、あるいは彼女が再婚することを阻止したりすることが出来たのです。それでアッラーは上記の節を啓示しました。

3. 両者が結婚に合意したら、夫側は妻側にマハルを支払う義務があります。アッラーはこう仰いました:

-そして女性たちにマハルを、定められたものとして贈るのだ。そしてもし彼女らが自ら進んでそれを譲るというのなら、それを有難くよい形で頂くのだ。,(クルアーン4:4)

マハルは適切な価格であるべきです。アッラーの使徒(r)は言いました:

「女性の祝福の印は、マハルや苦役(出産のこと)、そして結婚の容易さである。」(アル=ハーキムの伝承)

また第2代カリフのウマル・ブン・アル=ハッターブ(y)はこう言っています:

「マハルを高くするのではない。そうすることが現世において賞賛すべきことか、あるいは敬虔さの印であったとしたならば、アッラーの使徒(r)がそうしていたであろうから。しかし彼は妻と結婚する時でも、娘を嫁がせる時でも、(マハルを)12オキーヤ[19]以上にはしなかったのである。」(アッ=ティルミズィー、アブー・ダーウード、イブン・マージャの伝承) 

結婚の契約において定めたいかなる条件も、遵守しなければなりません。そして配偶者同士は、そこで取り決められた条件を守る義務があります。アッラーの使徒(r)はこう言いました:

「最も遵守すべき条件は、結婚に関するそれである。」(アル=ブハーリーの伝承) 

そして新郎新婦は幸福を分かち合うべく、近親や友人らを婚宴に招きます。そしてそれは結婚を公的に宣言する目的を果たします。

アナス・ブン・マーリク(t)によれば、教友アブドッラハマーン・ブン・アウフ(t)がマッカからマディーナへと移住した際アッラーの使徒(r)は彼とマディーナのアンサーリー[20]であったサアドとの間に兄弟関係を築きました。サアドには妻が二人あったので、彼はその妻の一人と財産の半分を彼に分け与えることを提案しました。しかしアブドッラハマーンはこう言いました:「アッラーがあなたの妻と財産に祝福を与えて下さるよう。ただ私に市場の場所を教えて欲しい。」そしてアブドッラハマーンは市場へ赴くと、いくばくかの乾燥ヨーグルトとバターを安く仕入れました。そしてその数日後、アッラーの使徒(r)は彼の衣服に黄色い染料が付いているのを目にし、こう尋ねました:「アブドッラハマーンよ、それは何かね?」彼は答えました:「アンサールの女性と結婚したのです。」アッラーの使徒(r)は尋ねました:「マハルはいくらやったのだ?」彼は答えました:「ナツメヤシの種一粒分の金です。」そしてアッラーの使徒(r)は言いました:

「婚宴を開くがよい。(振舞うのが)例え羊一頭だけであっても。」(アル=ブハーリーの伝承) 

婚宴において、浪費してはなりません。アッラーはこう仰っています:

-実に浪費する者はシャイターンの同胞であり、そしてシャイターンはその主に対してこの上なく恩知らずなのである。,(クルアーン17:27)

そして婚宴に招待された者は、正当な理由がない限り、それに応じなければなりません。アッラーの使徒(r)は言いました:

「婚宴に招待されたら、それに応じるのだ。」(アル=ブハーリーの伝承)  

また婚宴に出席した者は、婚宴の主催者にアッラーの使徒(r)から伝わる以下のような祈願の文句を告げるべきです:

اللهم اغْفِرْ لَهُمْ وارْحَمْهُم وبارِكْ لَهُمْ فيما رَزَقْتَهُم

アッラーフンマグフィル・ラフム、ワルハムフム。

ワバーリク・ラフム・フィーマー・ラザクタフム

「アッラーよ、彼らを赦し、彼らにご慈悲をおかけ下さい。そしてあなたが彼らに御恵みになったものにおいて、彼らを祝福して下さい。」(イブン・ヒッバーンの伝承) 

また招待客は、晴れて結婚した新郎あるいは新婦のために、以下のような祈願の文句を述べます:

بارَكَ اللهُ لَكَ وبارَك عَلَيْك وجَمَع بَيْنَكُما في خَيْر

バーラカッラーフ・ラカ、ワ・バーラカ・アライク。

ワ・ジャマア・バイナクマー・フィー・ハイル。

「アッラーが(あなた方の結婚において)あなた方に祝福を与え、降り注いでくれますように。そしてあなた方二人をよきものにおいて、縁結びして下さいますように。(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承)

 

尚結婚を公にするという意味で、この場において女性が手太鼓を用いて歌を歌うことも許されています。但しその歌は性的興奮を煽ることのないような、無害なものでなければなりません。

アッラーの使徒(r)は、アンサールの男に嫁ぐ女性のために新婦としての準備を手伝っていたアーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)に、こう言いました:

「アーイシャよ、あなたは(婚宴の際)アンサールが楽しむように、楽しまなかったのか?」(アル=ブハーリーの伝承)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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初夜に関するエチケット

新郎新婦が初めて二人きりの時間を迎える時、新郎は二人が良い関係を結び、かつ両者間の不安や心配が消え去るように、新婦に心地よい形で接近し、優しく話しかけることが勧められています。アスマーゥ・ビント・ヤズィード(彼女にアッラーのご慈悲あれ)は、以下のような話を伝えています:

「私はアッラーの使徒(r)のために、アーイシャに新婦としての準備を施していました。そして彼(r)を呼ぶと、やって来て彼女の隣に腰を下ろしました。そこにミルクの入った瓶が持って来られ、彼はそこから飲んだ後、それをアーイシャに手渡しました。彼女は戸惑って、頭を下げました。私は、彼女を咎めてこう言いました:“アッラーの使徒(r)の手からそれを受け取りなさい。”それで彼女はそれを手にすると、そこから飲みました。それからアッラーの使徒(r)は彼女に、彼女の伴侶たちにもそれを与えるよう言いました。私は言いました:“アッラーの使徒よ、ご自分でお飲みになり、それからあなたの手でそれを私にお渡し下さい。”それで彼はそこから飲むと、それを私に差し出してくれました。私は座り、アッラーの使徒(r)が口をつけた同じ場所から飲もうと、瓶を回しました。それから彼は言いました:“他の女性たちにもやりなさい。”彼女らは言いました:“(このような素晴らしいことは)信じられない!”それでアッラーの使徒(r)は言いました:“飢えと嘘を一緒にしてはいけない。”」(イブン・マージャの伝承)

尚新郎が、新婦の額に手を乗せて次のような祈願の文句を唱えるのも、預言者ムハンマド(r)から伝わるスンナに則った行いです:

اللهُمّ إِنِّيْ أَسْأَلُكَ خَيْرها وخَيْر ما جُبِلَتْ عليه

وأَعُوذُ بِكَ مِنْ شَرِّها وشَرّ ما جُبِلت عليه

アッラーフンマ・インニー・アスアルカ・ハイラハー、

ワ・ハイラ・マー・ジャバルタ・アライヒ。

ワ・アウーズ・ビカ・ミン・シャッリハー、

ワ・シャッリ・マー・ジュビラトゥ・アライヒ。

「アッラーよ、私は彼女にある良きものを求め、あなたが彼女をそのように創造されたところの良きものを求めます。そして彼女の悪から、そしてあなたが彼女をそのように創造されたところの悪しきものからのご加護を求めます。」(アル=ブハーリーの伝承)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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性交渉に関して

イスラームは性欲を満足させることを、自然な本能と見なしています。但しそれはある規律に則って、適切なやり方において遂行しなければなりません。結婚の目的は配偶者同士がお互いに、快適さと精神的安定を見出すことでもあるのです。

アッラーはこう仰いました:

-そして(アッラーが)あなた方のために、あなた方がそこに留まるための配偶者をあなた方自身から創られたことは、かれのみしるしの1つである。そしてかれはあなた方の間に、愛情と慈悲の念を授けられた。実にそこには熟考する民へのみしるしの数々があるのだ。,(クルアーン30:21)

結婚はイスラームにおいて推奨されています。教友ジャービル・ブン・アブドッラー(t)はこう伝えています:「私の父は7人(あるいは9人)の娘を残して先立ち、私は結婚歴のある夫人と結婚しました。それでアッラーの使徒(r)は、私にこう尋ねました:

“ジャービルよ、結婚したか?”私は言いました:“ええ。”彼は言いました:“(彼女は)初婚か、それとも既婚者か?”私は言いました:“既婚者です。”彼は言いました:“どうして一緒に遊んだり、笑い合ったり出来る若い乙女と結婚しなかったのか?”それで私は言いました:“父は亡くなり、娘たちを残しました。それで私は私の姉妹のような若い女の子と結婚することを避け、既婚者の女性を選んだのです。彼女は私の姉妹の面倒を見てくれるでしょう。”それで預言者は言いました:“アッラーがあなたを祝福されるよう。”(アル=ブハーリーの伝承)

配偶者間の性交渉は重要です。そうすることによってお互いの愛情や配慮、関心は増加します。預言者ムハンマド(r)はこう言いました:

「アッラーの想念を伴わないあらゆるものは無益な遊興であるが、次の4つはその限りではない:男性がその妻と性交渉すること。馬を鍛えること。射的の訓練。水泳を学ぶこと。」(サヒーフ・アル=ジャーミゥに収録された伝承)

配偶者は互いに相手のために、身なりを整えておかなければなりません。またよい香水をつけたり、綺麗な服装をするなどし、衛生的にも清潔を保たなければなりません。そうすることでお互いの愛情は増すのです。アッラーの使徒(r)はこう言いました: 

「アッラーはお美しいお方であり、それゆえに美を愛される。」(ムスリムの伝承)

ナーフィウ(彼にアッラーのご慈悲あれ)は、教友アブドッラー・ブン・ウマル(t)が純粋な沈香と樟脳が混じった沈香を体につけ、「アッラーの使徒(r)はこうやって体に芳香をまとわれていました」と言った旨を伝えています。(ムスリムの伝承)

またアーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言っています:「私はアッラーの使徒(r)が携えて来た最良の香水でもって、彼に香りをまとわせていたものです。そしてその輝きは、彼の頭部とあごひげに見て取ることが出来ました。」(アル=ブハーリーの伝承)

教友イブン・アッバース(t)は言いました:「私は妻が私のために身なりを整えるように、彼女のために身なりを整えます。また私は彼女の全ての権利を満たしてやることが出来ないゆえ、私も彼女に対して自分の全ての権利を要求したりはしません。アッラーはこう仰っています:

-そして彼女たち(妻たち)にも、彼女たちが(その夫に対してそうするように)義務付けられているような、よい形の接し方をされる権利がある。,(クルアーン2:228)」

 

 

 

 

 

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性交渉の形式

a. 寝室において

配偶者同士はお互いに完全な裸体を晒し、かつお互いに見ることが可能です。バハズ・ブン・ハキームはその父を通し、彼の祖父(t)が次のように言ったと伝えています:

「アッラーの使徒よ、私たちは恥部をどこまで覆うべきですか?」アッラーの使徒(r) は答えました:「恥部は完全に覆うのだ。但しあなたの妻と奴隷女性[21]は別であるが。」私は彼に尋ねました:「人々が集まっている場所ではどうすべきですか?」彼は答えました:「他人があなたの妻に視線をやらないようにすることが出来るのであれば、そうしなさい。」私はまた尋ねました:「アッラーの使徒よ、それでは一人きりの時は?」彼は言いました:「人は他人よりも、アッラーに対して羞恥心を抱くべきである。」(アブー・ダーウードの伝承)  

配偶者はお互いに、気の赴くままにお互いを楽しむことが出来ます。但し性交は適切な部位でもってなされなくてはなりません(つまり肛門を用いてはなりません)。

教友イブン・アッバース(t)は、ある時ウマル・ブン・アル=ハッターブ(y)がアッラーの使徒(r)の所にやって来て、次のように言ったと伝えています:「“アッラーの使徒よ、私はもうだめです!”アッラーの使徒(r)は言いました:“何がだめなのだ?”ウマルは言いました:“昨夜、私は妻と違う形で交わってしまったのです。[22]” アッラーの使徒(r)は彼に何も言いませんでしたが、そのことについてアッラーが次の啓示をお下しになりました:

-あなた方の妻たちはあなた方の耕作の場である。ゆえにどこでも望む所から、耕作するがよい。,(クルアーン2:223)

そしてアッラーの使徒(r)は言いました:

 “あなた方の妻が月経ではない時に、好きな形で彼女らと交わるがよい。但し女性器によって性交するのだ。”」(アッ=ティルミズィーの伝承)

尚この伝承は、妻の月経中に夫が彼女と共に飲食したりすることを回避しなければならない、ということを意味するのではありません。預言者ムハンマド(r)の妻の一人であったアーイシャ(t)は、こう言っています:

「私が月経にある時でも、アッラーの使徒(r)は私が口をつけて飲んだ器の同じ場所に口をつけて飲み、また私が食べた肉を同じ場所から食べたものでした。」

また妻が月経中にある場合でも、性交に及ばない範囲でお互いを楽しみ合うことは許されています。教友アナス・ブン・マーリクは言いました:「ユダヤ教徒は女性が月経中の際には、彼女らと共に飲食したりせず、また家にいる時でも近付いたりはしません。それで教友の一人が、そのことについてアッラーの使徒(r)に尋ねました。次の節は、このことに関してアッラーが啓示されたものです:

-あなた方の妻たちはあなた方の耕作の場である。ゆえにどこでも望む所から、耕作するがよい。そして自分自身のために、(よいことでもって来世に向けて)準備しておくのだ。アッラーを畏れ、あなた方がかれのもとへと向かう境遇であることを知れ。そして信仰者には吉報を伝えるのだ。,(クルアーン2:223)

またアッラーの使徒(r)は言いました:

 “(月経中でも、)あなた方の妻と楽しむがよい。しかし性交はするのではない。” 」(ムスリムの伝承)

ユダヤ教徒らはこの話を聞いた時、こう言ったそうです:「この男はあらゆる物事において、私たちとは別のことをしたがる!」

それで教友ウサイド・ブン・フザイルとアッバード・ブン・ビシュルは、アッラーの使徒(r)にユダヤ教徒らが語ったことを伝え、こう言いました:「妻が月経中は、彼女らとの交渉を避けた方がよろしいのではないでしょうか?」それを聞いて、アッラーの使徒(r)は腹を立て、彼ら教友2人はその場を去りました。その後ある者からアッラーの使徒(r)のもとにミルクの差し入れがあり、彼は件の教友2人が彼の怒りを買ったのではないことを知らせるべく、彼らを呼び戻しました。(ムスリムとアブー・ダーウードの伝承) 

また教友ジャービル(t)は、こう伝えています:「ユダヤ教徒らはこう言っていました:“後背部から交わって出来た子供は、斜視で生まれる。”それでアッラー(Y)は次の節を啓示されました:

-あなた方の妻たちはあなた方の耕作の場である。ゆえにどこでも望む所から、耕作するがよい。,(クルアーン2:223)」

ジャービル(t)はこう言います:「夫は妻と望むがままに交わることが出来る。但し性交は女性器において行わなければならない。」(ムスリムの伝承)

配偶者同士が性交渉に望む際、アッラーの御名や、以下の伝承で伝えられている預言者ムハンマド(r)の祈願の文句を唱えることはスンナ(預言者の慣行)です。アッラーの使徒(r)は言いました:

「(性交渉を目的に)妻のもとに赴く者で、

بِسْم الله اللّهُمَ جَنِّبْنَا الشَّيْطَان وجَنِّبْ الشّيْطانَ ما رَزَقْتَنَا

“ビスミッラー、アッラーフンマ・ジャンニブナッシャイターン、ワ・ジャンニビッシャイターン・マー・ラザクタナー(アッラーの御名において。アッラーよ、私たちからシャイターンを退けて下さい。そして私たちに授けて下さったものからシャイターンを退けて下さい。)

と言う者は、もし(その行為によって)アッラーが子供を授けて下さることになっていれば、シャイターンはその子を絶対に害することが出来ないであろう。」(アル=ブハーリーの伝承)

また夫は妻の性的興奮を促すべく、彼女に口づけをしたり、その体に触れたりしつつ性交渉を行うべきです。そして夫は、妻の性的欲望が満たされるまで辛抱しなければなりません。教友アナス(t)は、アッラーの使徒(r)が次のように言ったと伝えています:

「夫は妻と性交渉するにあたり、彼女に誠実であらなければならない。もし彼女よりも先に自分が満足してしまったら、彼女が満足するまで待つべきなのである。」(アブー・ヤァラーの伝承)

またウマル・ブン・アブドルアズィーズは、預言者ムハンマド(r)の以下のような伝承を伝えています:

「妻とすぐ交合しようとするのではない。あなたと同様に、彼女も性的に高揚するまで待つのである。」ある男が尋ねました:「アッラーの使徒よ、それにはどうするべきでしょうか?」彼(r)は答えました:「口づけしたり、体に触れたりして、性的に高揚させよ。そして彼女があなたと同様に準備の出来た状態になったら、交合に入るがよい。」(アル=ムグニーに収録された伝承)

ちなみに男性が2回目の性交渉を望む際には、グスル(全身の沐浴)、あるいはサラー(礼拝)の前にするようなウドゥー(体の部分的洗浄)をすることが預言者ムハンマド(r)の慣習とされています。彼(r)はこう言っています:

「男性がその妻と性交し、その後にまたそうしたくなったら、ウドゥーをするのだ。」(ムスリムの伝承)

こうすることでより清潔さと衛生度が増し、また新たな精力と活力を得ることが出来るのです。


b.浴室において

性交渉の場は寝室だけに制限されているわけではありません。人はお互いのプライバシーが確保されている場合において、いかなる時でもその配偶者と楽しみ合うことが出来ます。

預言者ムハンマド(r)の妻の一人、アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)はこう言っています:

「アッラーの使徒(r)と私は、一つの桶を用いて一緒に入浴したものです。彼が手早く水を流すので、私はこう言ったものでした:“私にも残しておいて!私にも残しておいて!”」(ムスリムの伝承)

 

c.家において

ある時、アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)はこう尋ねられました:

「アッラーの使徒(r)は家に入って来る際、何をしたものですか?」彼女は答えました:「口づけをするべく歯磨きして口を清潔にし、家人を抱擁したものです。」 

またアーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)はこうも言っています:

「アッラーの使徒(r)は、妻に口づけをしてからサラー(礼拝)のためにモスクに赴きました。そしてその間ウドゥー(体の部分的洗浄)をしませんでした。」(アフマドの伝承)

 

d.屋外にて

前述したように、プライバシーが完全に確保されている場合において、いついかなる場所でも妻と楽しみ合うことが許されています。しかし性交渉を公に晒すことなどがあってはなりません。

アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)はこう言っています:

「私がまだ若く、体重もずっと軽かったある日、アッラーの使徒(r)と私は旅路にありました。彼は教友たち(y)に先に行くよう言い、私に彼と競争しよう、と言いました。そして競争では私が勝ち、その後彼が私に競争を持ちかけることはありませんでした。その後、私の体重も増え、競争に勝ったことがあることも忘れてしまったある日の旅路において、彼はまた教友たちに先に行くよう命じました。そしてまた競争しよう、と言いました。私は言いました:“アッラーの使徒よ、私はもう体重が随分増えてしまいました。競争なんて出来ません。”彼は言いました:“いいからするのだ。”それで私たちは競争し、彼が勝ちました。彼は言いました:“アーイシャよ、この勝利であの時のあなたの勝利とはおあいこだぞ!”」(アッ=スィルスィラト・アッ=サヒーハに収録された伝承)

また配偶者間の秘密や、彼らのプライバシーで起こったことを口外することは厳しく禁じられています。アッラーの使徒(r)はこう言いました:

「審判の日において最大の裏切りと見なされる行為は、配偶者と性交渉し、その欲望を満たした後に、自分が配偶者としたことを他人に告げる者である。」(ムスリムの伝承)

イスラームが夫婦にお互いに対する様々な権利を定めたのは、夫婦関係の維持と家庭の保護のためなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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妻の夫に対する諸権利

イスラームにおける妻の諸権利を明らかにするには、いくつかのクルアーンの節と預言者ムハンマド(r)の伝承を引用するだけで十分でしょう。

1. アッラー(I)はこう仰いました:

-そして妻と懇ろに付き合うのだ。例えあなた方が彼女たちを嫌っても、アッラーはあなた方の嫌うものに沢山の良きものを授けて下さるかもしれないのだから。,(クルアーン4:19)

2. またアッラー(I)はこうも仰いました:

-そして彼女たち(妻たち)にも、彼女たちが(その夫に対してそうするように)義務付けられているような、よい形の付き合いをされる権利がある。だが夫の方が妻より上の位階にあるのだ。アッラーはご威光高く、この上なく英明なお方である。,(クルアーン2:228)

3. アッラーの使徒(r)は言いました:

「あなた方の内最善の者は、その家族に対して最善の者である。」(イブン・マージャの伝承)

4. ハキーム・ブン・ムアーウィヤ・アル=クシャイリーは、彼の父がこう言ったと伝えています:

「アッラーの使徒よ、私たちの妻の私たちに対する権利とは何ですか?」彼は言いました:「あなた方が彼女たちに、自分たちと同様の衣食を提供することだ。また彼女らの顔をぶったり、彼女らに対して悪いことや嫌なことを言ったりしてはならない。そして彼女と共に寝ることを放棄してはならない。」(アブー・ダーウードの伝承) 

5. またアッラーの使徒(r)はこう言っています:

「最も信仰の完成された者とは、最も優れた作法を備えた者である。そしてあなた方の内最善の者は、その家族に対して最善の者である。」(イブン・ヒッバーンの伝承)

6. また預言者ムハンマド(r)はこう言いました:

「アッラーを畏れ、女性に関してアッラーのことを忘れないようにするのだ。あなた方はアッラーから授けられた権利において、彼女らを得た。そしてアッラーの御言葉[23]をもって、彼女らと交わった。一方彼女らは、男性であろうが女性であろうが、あなた方の好まないいかなる者もあなた方の家に入れてはならない。もし彼女らがそうしたなら、あなた方は(害のない程度に軽く)彼女らを叩いてもよい。そして女性もまた道理をわきまえた範囲において、男性に対してそれらと似たような権利(扶養される権利など)を有するのだ。」(ムスリムの伝承)

 

7. またアッラーの使徒(r)はこう言っています:

「信仰者の男性は、信仰者の女性を完全に嫌うようではいけない。もし彼女の内に気に入らない点があっても、他の何かが気に入るかもしれないのだから。」(ムスリムの伝承)

実際の所、完璧さとはアッラーのみに属するものなのです。

 

 

 

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夫の妻に対する諸権利

1. アッラーは敬虔な妻に関して、こう仰います:

-そして善良な妻というものは(その夫を通じてアッラーに)よく従い、夫の不在においてもアッラー(の命)を遵守すること(つまり貞節さや、夫の財産を守ることなど)においてよく守るのである。,(クルアーン4:34)

2. 預言者ムハンマド(r)の妻の一人、アーイシャ(t)はこう言っています:「私はアッラーの使徒(r)にこう尋ねました:

 “女性に対する最大の権利は、誰が有しているでしょうか?”彼は言いました:“彼女の夫である。”私はまた尋ねました:“それでは男性に対して最大の権利を有しているのは?”彼は答えました:“その母親である。”」(アル=ハーキムの伝承)

3. フサイン・ブン・ムフサンは、彼の父方の叔母が彼にこう言ったと伝えています:

「私はあることを尋ねるため、アッラーの使徒(r)のところに赴きました。そして、彼(r)は私にこう尋ねました:“あなたに夫はいますか?”私は、ええ、と答えました。すると彼(r)は言いました:“あなたは彼とどのように接していますか?”私は答えました:“私は、これ以上は出来ない位の最善を尽くして彼に奉仕しています。”すると彼(r)は言いました:“彼に配慮しなさい。彼はあなたの天国にあるか、地獄の業火にあるかのどちらかなのですから。”」(アル=ハーキムの伝承)

4.  またアッラーの使徒(r)はこう言いました:

「女性が毎日5回の義務のサラー(礼拝)と、ラマダーン月のサウム(斎戒、いわゆる断食)を遵守し、貞節であり、その夫に従順であるならば、彼女は天国のどこでも好きな扉から入る選択権を与えられるであろう。」(イブン・ヒッバーンの伝承)   

 

5. 教友ムアーズ・ブン・ジャバル(t)は伝えています:「私はシャーム地方(現在のシリア地方)に行った際、キリスト教徒らが彼らの聖職者に対して、そしてユダヤ教徒らが彼らのラビや学者らに対して跪拝するのを見ました。私は彼らに尋ねました:“一体誰がこのようなことをしていたのか?”彼らは言いました:“これは使徒たちに対する挨拶の仕方です。”私は言いました:“私たちの使徒は、このような栄誉に授かるに最も相応しいお方である(が、私たちにそのようなことをするようにはお命じにならない)。”そこで、アッラーの使徒(r)は言いました:

“彼らは彼らの啓典を歪曲してしまったがゆえに、彼らの使徒に対して嘘をつかねばならなくなってしまったのだ。もし人が誰か他の人に跪拝しなければならなかったとしたら、私は女性がその夫に対してそうするように命じたであろう。それは彼女が彼から恩恵を被っている、偉大な権利のためである。女性はその夫に対する権利を満たすまで、信仰心の甘美さを味わうことはないであろう。”」(アル=ハーキムの伝承)

 

 

 

 

 

 

 

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イスラームにおける離婚

イスラームは結婚を祝福に溢れた儀式と見なすがゆえ、夫婦間の関係強化を意図しています。アッラーは婚姻の契約を、「厳かなる契り」と描写しています。アッラー(U)はこう仰いました:

-あなた方はそれ(妻に贈った財産)をいかに取り戻すというのか?あなた方は互いに親密な関係となり、厳かなる契りを結んだというのに!,(クルアーン4:21)

預言者ムハンマド(r)の言葉もまた、このことを証明しています。彼(r)はこう言いました:

「妻や奴隷女性を、彼女らの夫や主人から背けさせるような者は、私たちの仲間ではない。」(サヒーフ・アル=ジャーミゥ・アッ=サギールに収録された伝承)

結婚がイスラームにおいて祝福に満ちた神聖なものではあっても、離婚は合法です。但しアッラーの使徒(r)は離婚について、こう語っています:

「合法な物事の内、アッラーが最も厭われるのが離婚である。」(アル=ハーキムの伝承)

離婚は、夫婦関係の継続が不可能になった状況における最後の手段です。それは、配偶者同士がお互いを騙し合ったりすることなどといった悪事が社会に広まることを防止するためなのです。そのようなことは、ひいては家系の変更や遺産相続の途絶、社会における腐敗の拡大につながります。そして十分な知性に恵まれない者による濫用を被らないためにも、離婚はある一定の制限によって限定されなければなりません。法学者たちは、離婚は以下に挙げる規則に則っていなければならないとしています:

1. 離婚が義務となる場合:離婚は以下のような状況において、義務となります;

a. 2人の審査官(1人は夫側、もう1人は妻側の家族から選出される)が、当人たちが離婚すべきであることを決定した場合。アッラー(Y)はこう仰っています:

-そして両者の関係断絶を恐れるのならば、夫側の後見人と妻側の後見人を派遣するのだ。そしてもし両者が改善を望むのであれば、アッラーは彼らの間を取り持って下さるであろう。実にアッラーは全てご存知であり、あらゆることにご通暁されているのである。,(クルアーン4:35)

b. 妻がイスラームの教えを遵守しなかったり、あるいは貞節でなかったりする場合。これは夫側にも当てはまる要素です。それで夫がイスラームの教えを守らなかったり、不貞を働いたりしている場合において、妻は彼との離婚を申請しなければならなくなります。

c. 夫が妻との性交渉の放棄を誓い、その後4ヶ月以上それを決行した場合。アッラー(Y)はこう仰っています:

-妻(との性交の放棄)において誓いを立てる者は、4ヶ月の猶予を置く。そして(その間に妻との性交に)戻れば、実にアッラーはお赦し深く慈悲深いお方である。,(クルアーン2:226)

教友イブン・ウマルはこう言っています:「もしその期間が終了したら、夫は妻をよい作法でもって元の状態に戻すか、あるいはアッラーが命じられたように彼女を離婚することになる。」(アル=ブハーリーの伝承)

2. 離婚が忌避される場合:これは夫が何の正当な理由もなく、妻を離婚することなどが挙げられます。これは、アッラーが呪われたイブリース(シャイターンの首領)が望む行為です。アッラーの使徒(r)はこう言いました:

「イブリースは水上に玉座を設え、その軍勢を派遣する。その中で最も彼に近しい軍勢は、人を試練にかけ、誘惑する輩である。そのような者に関しては、イブリースは(彼が行ったことに対する礼遇として)自分の側近とする。またイブリースの軍勢のある者は、彼の行った悪事を伝えるために、彼のもとにやって来る。そしてイブリースは言う:“お前は何もしていない。”そしてまた別の軍勢のある者がやって来て、こう言う:“私はある男を罠にかけ、妻と別離させました。”するとイブリースはその者を自分の近くに引き寄せ、こう言う:“ああ、お前こそは栄誉に値する。”」(ムスリムの伝承)

3. 離婚が合法とされる場合:例えば妻が余りにも悪い性格の持ち主である場合などが、これに当てはまります。しかしもし夫婦間に子供があるならば、夫は辛抱することがよりよいでしょう。

4. 離婚が禁じられる場合 :妻が月経中である時、あるいは性交後、まだ月経の来ない内に夫が離婚宣言することは禁じられています[24]。アッラー(Y)はこう仰ります:

-使徒(ムハンマド)よ、妻を離婚する時には規定の期間(女性が月経中でない時)に離婚宣告し、そしてイッダ(待婚期間)を計算するのだ。あなた方の主であるアッラーを畏れるのである。,(クルアーン65:1)

また教友イブン・ウマル(t)がその妻を月経中に離婚した際、その父親のウマル(t)はそのことに関してアッラーの使徒(r)に尋ねました。それに関して彼(r)はこう言いました:

「あなたの息子(イブン・ウマル)に、彼女を呼び戻すよう命じるのだ。そして彼女の月経が終わり、その次の月経が終わるまで、彼女を手元に置かせよ。その後彼女を留めておきたいのならそうすることが出来るが、離婚したいのなら、性交をする前にそうすることが出来る。これこそが女性の離婚に関してアッラーが定められた、イッダ(規定の期間)なのである。」(アル=ブハーリーの伝承)

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女性側からの離婚

夫婦間の愛情と調和、そしてよい付き合いという要素の上に築かれていない結婚生活は、惨憺として荒廃したものとなるでしょう。このような場合、イスラームは忍耐心を説きます。アッラー(I)はこう仰っています:

-そして妻と懇ろに付き合うのだ。例えあなた方が彼女たちを嫌っても、アッラーはあなた方の嫌うものに沢山の良きものを授けて下さるかもしれないのだから。,(クルアーン4:19)

そして夫が妻に対して辛抱し切れない状況にまでなった場合、彼は彼女を離婚することが出来ます。一方妻が夫に耐え切れなくなってしまった場合、彼女は離婚の選択をすることが出来ます。彼女は結婚の契約の際に受領したマハル(贈与金)を返還し、夫婦関係を即座に終了させます。これはイスラームにおける完全な公平さの印でもあります。夫は妻にマハルを贈与し、結婚生活に必要な全ての出費を担うのです。アッラーはこう仰います:

-そして夫婦がアッラーの掟(夫婦の互いに対する義務の遂行)を(もはや)遵守出来ないことを知った後でない限り、あなた方(夫)は彼女たちから彼女たちに与えた財産の内から何も取ってはいけない。しかしもしあなた方(互いの後見人)が、彼ら夫婦がアッラーの掟を遵守出来ないことを知ったのであれば、(夫が)妻からの代償(を受領すること)に問題はない。,(クルアーン2:229)

教友イブン・アッバース(t)は、サービト・ブン・カイス(t)の妻がアッラーの使徒(r)のもとにやって来て、こう言ったと伝えています:「アッラーの使徒よ、私は彼の性格や敬虔さにおける欠陥に関して咎めはしません。しかし私は、もし私が彼と共に暮らし続ければ、私がイスラームの礼儀に沿わないような振る舞いをしてしまうのが、一ムスリマとして嫌なのです。」このことに関して、アッラーの使徒(r)は言いました:「あなたの夫が(マハルとして)あなたに贈った農園を、彼に返却しますか?」彼女は言いました:「ええ。」するとアッラーの使徒(r)は、サービトにこう言いました:「サービトよ、あなたの農園を受け取るのだ。そして直ちに彼女を離婚せよ。」(アル=ブハーリーの伝承) 

この件に関するイスラームの目的は、人々の名誉と社会を、悪から守ることです。女性が辛抱出来ない男性と、あるいは男性が辛抱出来ない女性と共に暮らし続けることは、彼らを非合法な物事へと追いやってしまうかもしれません。それは特に、非合法な物事に対しての確固としたイスラーム的倫理観が備わっていない者に顕著です。アッラー(I)はこう仰っています:

-そしてもし彼らが離縁することになっても、アッラーがその(無尽の)恩恵でもって両者を豊かにして下さろう。アッラーはこの上なく寛大で、英知溢れたお方である。,(クルアーン4:130)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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性的放縦の行き着く先

イスラームは姦淫を禁じ、それを大罪と見なしています。そして姦淫の原因となるような、全ての物事を禁じています。20世紀のイスラーム思想家サイイド・クトゥブ(彼にアッラーのご慈悲あれ)は、こう述べています[25]:

「イスラームは、個人間の識別さえ不可能になってしまうような、純粋に動物的な性的行動の排除を意図している。またイスラームは、ただ一度の性的接触だけで終焉を迎えてしまうような関係ではなく、家族関係の継続を確立することを目的としている。また夫婦同士の心と感覚、そして身体が一体となるような、人間的感情と感覚に基づいた男女関係の構築を意図している。彼らは共に人生を送り、同じ事を希望し、同じ痛みを分かち合い、共に未来を模索する。このような環境において、新しい世代が到来する。彼らは両親の監督の下、適切な手法において養育される。

これに関連し、イスラームにおいては姦淫に対する厳罰がある。姦淫は上記の全ての意味と目的を抹消し、人間を動物的段階にまで貶めてしまう、野獣的退歩として描写されているのだ…男性は女性を個人として識別せず、女性もまた男性を個人として識別しない。全人の希望はその性的欲望を発散することだけになる。そして例え相手を識別したとしても、このような関係からはいかなる善も生じ得ない。そしてこのような人物には、社会の改善においていかなる信託や責任も任せられない。そこからは子孫も、真の感情も生まれないのである。真の感情には、永続する効果があるのだ。これが欲望と、真の情熱と感情の違いである。多くの人々はこの二つを区別せず、この点において混乱している。いかに多くの者が、その感情を野獣的情熱と勘違いしていることであろうか!イスラームは自然な感情の表現を禁じてはいないし、それを劣った行いだとも見なしてはいない。イスラームは単に、それを野獣的欲望から高いレベルに持ち上げ、それを純粋かつ規則だったものにするだけなのだ。姦淫、特に売春などの中にはそのような価値が存在しない。それはあらゆる感情や感覚、倫理的マナー、関係や所属などといった感覚とは程遠いものである。イスラームは売春を、人間社会における不潔な行いと見なす。このような慣行は人間を退廃させ、動物と同様のレベルにまで貶める。そして実際の所多くの動物は、ある種の人間社会において売春ゆえに生じている問題とは縁遠いような、上品で組織だった社会生活を送っているのだ。」

それでは次に、姦淫の蔓延が社会に及ぼす様々な問題や悪を挙げていってみましょう:

1. 致命的な病気の蔓延:これは個人だけでなく、全社会を害します。アッラー(I)はこう仰っています:

-そして姦淫には近づくな。それは醜悪なものであり、悪い道である。,(クルアーン17:32)

またアッラーの使徒(r)はこう言っています:

「ムハージルーン(宗教迫害を逃れてマッカからマディーナに移住したムスリムたち)よ、私はあなた方が次の5つの事柄に遭遇し、それらによって試練に遭うことに対し、アッラーのご加護を祈る。

非合法な性交渉が普通になり、それ以前には知られていなかった病気が広がること。

人々が物の売買において秤をごまかし、それによって飢饉や旱魃、生活苦や暴君が出現がもたらされること。

人々がザカー(義務の喜捨)の拠出を拒み、それによって雨が降らなくなること。彼らは動物たちだけのお蔭で、雨の恵みに授かることになるのだ。  

人々がアッラーとその使徒(r)との誓いを破棄し、それによって外敵が優位になり、それ以前に彼らが手にしていたものの一部を奪ってしまうこと。

 

もし統治者がアッラーの書(クルアーン)によって治めないのなら、彼らの全ての労力はお互いの争いと戦いに注がれることになろう。」(アル=ハーキムの伝承)   

悪事を働くことで、人の栄誉や尊厳は失われます。そして人はそうすることで、ただその欲望を果たすことが目的である動物のレベルにまで後退するのです。彼は自分の財産を非合法な欲望の解消のために費やすため、貧困に見舞われます。そして現世においては良心の呵責に襲われ、来世においては地獄での懲罰を約束されるのです。またそのような悪行は元来不健康であることから、人の身体に致命的な病気を及ぼし、その結果人は短命となります。

2. 私生児の激増:私生児は通常の配慮や、真に彼らを愛してくれる両親の監督を受けられません。その結果、彼らは人生における適切な進路と指針を見失いがちになります。真の両親こそはその子供に対し、真摯かつ誠実で有益な指導を施すことが出来るのです。こうしてこのような子供たちは、社会に対する敵意を抱きながら成長していくかもしれません。アンナ・フロイトはその著「家庭なき子供たち」の中で、そのような子供たちには心裡カウンセラーにとって矯正が非常な困難であるような心理的混乱が存在する、と述べています。

3. 心理的混乱:非合法な性関係は、多くの人々を心理的病気や混乱へと導きます。そしてそのようなことをしたり、またそのような関係を楽しんだりする人は、不安や不満、幸福感の欠如、劣等コンプレックス、罪悪感などを募らせます。アッラーはこう仰っています:

-そして(アッラーが)あなた方のために、あなた方がそこに留まるための配偶者をあなた方自身から創られたことは、かれのみしるしの1つである。そしてかれはあなた方の間に、愛情と慈悲の念を授けられた。実にそこには熟考する民へのみしるしの数々があるのだ。,(クルアーン30:21)  

4. 社会の混乱(犯罪の増加):性的放縦は社会に道徳的混乱をもたらします。お金がある種の人を簡単に悪事に陥れることが出来るのは言うまでもありませんが、それは自分の満足感を満たしてくれるものを手に入れる場合にも当てはまります。つまり何らかの非合法な物事を行っている者に金銭的余裕がなくなった場合、彼は自分の欲望を満たすためにいかなる種類の犯罪も厭わなくなってしまう可能性があります。そのような人は自分の必要のために窃盗や詐欺、乱暴やレイプ、虚言や不実、賄賂など何でもやってのけてしまうでしょう。そして手段などを問わず、他人を犠牲にしてでも自分の必要を満たそうとするのです。 

5. アッラーからの懲罰:姦淫や卑猥な物事の蔓延する社会には、アッラーの懲罰が降りかかります。アッラーの使徒(r)は言いました:

「私のイスラーム共同体は、私生児が沢山出現しない限り、よい状態にあり続けるであろう。もしそれが起こったら、アッラーの懲罰は近い。」(アフマドの伝承)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SSSS

 

結論

私たちはこの小冊子において、性に関するイスラーム的視点の一部を紹介しました。私たちはこの小冊子が、人生の重要な側面の理解において、そしてイスラームがこの問題に関していかなる基準を設け、また性をいかに高尚な場所に位置づけているかということ‐イスラームにおいて、正しい形での性交渉は一つの崇拝行為と見なされ、そこにおいてムスリムは来世での報奨を得るのです‐に関する説明において、有益なものとなったことを切に願います。そしてまたこの小冊子が、ムスリムの人生に公私に渡って指針を示してくれるイスラームについて、読者の皆様により学んで頂くきっかけになることを祈ります。ムスリムが真摯にアッラーからの報奨を願って行えば、その報奨は彼の死後も継続します。アッラーの使徒(r)はこう言っています:  

「アーダムの子(人類)がこの世を去れば、(報奨を望める)彼の行いは途切れる。但し、以下の3つは除く:継続する慈善行為。その者が後世に残した有益な知識。その者のためにアッラーに祈願する、敬虔な子息。」(ムスリムの伝承) 

またアッラーの使徒(r)はこうも言っています: 

「人を正しい道へといざなう者は誰でも、それに応えた者が得る報奨と同様の報奨を得る。そしてその者(導きに従った者)の報奨からは、それによって何も差し引きされることなどがない。また人を悪へといざなう者は誰でも、それに応えた者が得る罪と同様の罪を得る。そしてその者(導きに従った者)の罪からは、それによって何も差し引きされることなどがないのだ。」(ムスリムの伝承)

イスラームは非常に些細に思われるような物事に関しても、指針を示しています。そのことを如実に示す例として、教友サルマーン・アル=ファールスィー(t)から伝わる次の伝承があります。ある多神教徒が、彼にこう言いました:「あなた方の預言者はあなた方にあらゆることを、用便の仕方すらも教えたというのか?」それに関してサルマーンはこう答えました:

「ええ。彼は私たちが用を足している時にマッカの方向を向くこと、そして洗浄の際に右手を用いることを禁じました。またその際には最低3つの小石を用いるよう命じ、糞や骨を用いることは禁じました。」(ムスリムの伝承)

またハーバード大学哲学部教授のホプキンス博士は、その著「国際政策の精神(The Spirit of International Policy)」の中で、こう述べています:

「イスラーム社会の発展と前進は、宗教が個人的生活や法や政治システムと分離してしまった西欧の手法に従って成されているのではない。そこでは宗教の中にこそ、成長と発展の典拠を発見しなければならない、とされているのだ。時に、イスラームは果たして近代社会が要求するものと一致するような新しい考えや、独立した規則を創出出来るのだろうか、という疑問の声が聞こえる。そしてその答えは、こうである:“ええ、イスラームは内的に成長する準備が出来ています。それどころか、イスラームはその発展する可能性において、他の似たようないかなるシステムよりも優れている、と言うことすら可能かもしれません。しかし問題は手段自体の欠陥、つまりイスラームという宗教の可能性にあるのではなく、むしろそれを利用する側の体質や展望における欠陥にあるのです。私は、イスラームが成功のために要求される全ての要素を有していると断定出来る、と感じています。”」

イスラームとは何と偉大な宗教でしょうか!イスラームは人生のあらゆる段階において、人間に関する全ての事柄を組織立ったものにする指針を与えてくれるのです。全ムスリムはこのような特質を有する宗教を支持し、しっかりと固守しなければなりません。そして他の人々のこともその人生を謳歌することが出来るよう、そこへといざなうべきなのです。

またムスリムではない人々は、全ての先入観を捨てて、イスラームを学ぶ必要があります。彼らはその美点と美徳、そして素晴らしい側面について知るべきなのです。イスラームこそは全ての善へといざない、社会から全ての悪を追放する鍵です。そこには、今日人々が直面している問題に対する答えがあるのです。しかし問題は、多くのムスリムがその教えを実践せず、堅持していないことにあります。彼らはむしろ自分たちの思いつきや私欲などに従い、他人を騙しても自らの物質的な個人的利益を得ようとしているのです。

 

 

الحمد لله رب العالمين

وصلى الله وسلم على نبينا محمد وآله وسلم

全ての讃美は万有の主アッラーにこそあり。

そしてアッラーがその使徒の誉れを称揚され、彼とその系譜と教友たちをあらゆる中傷や汚名からお守り下さいますよう。

 

 

 

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http://www.womeninislam.ws  http://www.godnames.org

http://www.thisistruth.org               

 

 

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索引

1.本書で用いられている専門用語                                              2

2.はじめに                                                                 3

3.性に関するイスラーム的視点                                      9

4.イスラームにおける性的欲望の調節法                         13

5.イスラームにおける結婚                                                         23

6.妻の選択                                                        24

7.女性の目視                         26

         8.結婚の契約とマハル(贈与財)、そして婚宴 30

9. 初夜に関するエチケット                                                35

10. 性交渉に関して                                                     37

11. 性交渉の形式                                                    39

12. 妻の夫に対する諸権利                                         45

13. 夫の妻に対する諸権利                                         47

14. イスラームにおける離婚                                           49

15. 女性側からの離婚                                                       52

16. 性的放縦の行き着く先                                                  54

17. 結論                                                                      58

 

يتناول هذا الكتاب مايلي :-

  • نظرة الإسلام للغريزة الجنسية ووسطيته فيها .
  • وسائل الإسلام لضبط الغريزة الجنسية .
  • الزواج في الإسلام
  1. تحديد اختيار الزوجة .
  2. الرؤية الشرعية .
  • عقد النكاح وشروطه.
  1. المهر والوليمة .
  2. آداب ليلة الزفاف .
    1. آداب المداعبة والملاعبة بين الزوجين.
  • حقوق الزوج على زوجته .
  • حقوق الزوجة على زوجها .
  • الطلاق في الإسلام .
  • الخلع في الإسلام .
  • نتائج الفوضى الجنسية وعواقبها الوخيمة .

 

 

 

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[1]「スブハーナッラー」という言葉。アッラーはいかなる不完全性からも遠く無縁である、という意味です。

[2] 「アッラーフ・アクバル」という言葉。アッラーが最も偉大である、という意味です。

[3]「アルハムドゥリッラー」という言葉。全ての讃美はアッラーにこそ帰せられる、という意味です。

[4]「ラー・イラーハ・イッラッラー」という言葉。アッラーの他には、崇拝に値するいかなる神性も存在しない、という意味です。

[5] Manhaj at-Tarbiyyah al-Islaamiyyah (「イスラーム教育の手法」)第2巻218-9頁。

[6] 奴隷はイスラーム以前から存在しており、イスラーム到来後も急遽撤廃されることなく存続し続けました。しかし折に触れて奴隷の解放が義務付けられ、あるいは推奨されているのを鑑みれば、奴隷に対するイスラームのスタンスは明らかです。

[7]「マハラム」とは父親や兄弟、息子や夫など、その女性が結婚できる関係にある男性のことです。

[8] Al-Jawab al-Kafi le'man sa'a'la an ad-da'waa ash-sha'fee (「治療薬を求める者への十全なる回答」) 232頁。

[9]これは敬虔さと禁欲さで知られた先人の一人、フダイル・ブン・イヤードの言葉で、イブン・アビッ=ドゥニヤとアル=バイハキーが伝えているものです。

[10]「マハラム」とは父親や兄弟、息子や夫など、その女性が結婚できる関係にある男性のことです。

[11]これは男性にも当てはまります。

[12] 女性を意図的に見詰めることは、間違いなく人を悪へと導くという意味です。

[13] 第2巻7頁。

[14] この伝承の内容は同様に、女性が配偶者を選ぶ基準を示してもいます。男性を対象に表現されているのは、大概の場合婚姻を求めて奔走するのは男性であるからだと言われています。

[15] これはイスラームにおいて合法な物事のみに限ります。

[16]この件に関して、以下の注意点を守らなければなりません:

a.マハラムでもない男女が、完全な私的空間に孤立することは非合法です。アッラーの使徒(e)はこう言っています:

「アッラーと最後の日を信じる者は、自分がそのマハラムでもない女性とは、二人きりになったりはしない。但し彼女がマハラムを伴っている場合は別である。そうでなければ、シャイターンが第三の者となろう。」(アフマドの伝承)   

b.男性は顔面や手足の先など、女性が普段露わにしている部分のみを目にすることが出来ます。

c.男性はその女性に対し、真摯な結婚の意志を持っていなければなりません。

d.その面会の後、男性は誰にも彼女の欠点などを口外してはなりません。

[17] アンサール(援助者たち)とは、マッカからのムスリム移住者たちをマディーナで迎え入れ、援助したムスリムたち。当時、アンサールの女性の間には目の疾患が流行していたと言われます。

[18] 彼はアッラーの使徒の教友でしたが、バドゥルの戦役の後、マディーナで没しました。

[19] 1オキーヤは40銀ディルハム相当であり、つまり12オキーヤは480銀ディルハム相当になります。

[20] 26頁の脚注17を参照のこと。

[21] 奴隷はイスラーム以前から存在しており、イスラーム到来後も急遽撤廃されることなく存続し続けました。しかし折に触れて奴隷の解放が義務付けられ、あるいは推奨されているのを鑑みれば、奴隷に対するイスラームのスタンスは明らかです。

[22]つまり彼は、後背部から性器どうしで妻と交わりました。

[23] ここで言う「アッラーの御言葉」とは、クルアーンの以下の節に対する言及だと思われます:(…そしてあなた方が好む女性と結婚せよ。2人でも、3人でも、あるいは4人でも。)(4:3)

 

[24]また、夫が妻に対して一度に3回の離婚宣言をすることも、禁じられています。

[25] Fee Dhilaal al-Qur'an (「クルアーンの陰で」)。